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旧サンケイホールは、戦火の傷跡が残る昭和27年7月、大阪で戦後初のホールとして創建されました。当初の設計では戦前からの朝日ビルにあった「講堂」を範にしていましたが、たまたま会合でオーナーの前田久吉氏といっしょになった故 朝比奈隆氏がホールの規模を聞いて落胆し、設計変更を提言されたのです。 こうして「新聞社の講堂」は「1,500人規模のコンサートホール」へと姿を変えることになりました。竣工の記念式典で、故 朝比奈隆氏が関西交響楽団を指揮されました。 当時、芸術やエンターテインメントに飢えていた聴衆は、渇きを癒すかのようにこのホールにつめかけたといわれます。1970年の万国博を境に大阪独自の催物を求める気運が高まり、サンケイ企画が設立されました。「サンケイ観世能」「なにわ芸術祭」等数々の大阪独自の定例催しものが育ち、上方芸能の再興への足掛かりとなっていきました。 掲載写真資料/「サンケイホールの40年」より
開館式(昭和27年7月18日)
昭和27年夏
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